2020.1.28

武田砂鉄と又吉直樹の往復書簡【無目的な思索の応答】を読む。なんでこんな風に言葉を拾いあげられるのだろうかと唸る。いくつか上げたいテーマだけでも「リアルってなんや」「偶然ってどこから」「不便を残す」「でしょー」「池谷幸雄である必然性」:人間の話って、起承転結があるわけではなく…(中略)話の構成要素が極めて少ない。相手の話にレベルを求める現在の態度こそ、想像力も話力も文章力も衰えているのではないかと、時折、落ち込むのです:他にも引用としてアナキストの大杉栄の言葉“自我の大部分は他人の自我である”というのも目から鱗。