買い物へ行き、使う必要に迫られていたラップを買う。帰宅して荷物を整理したら身に覚えの無いアルミホイルが出てきた時の衝撃。こうなるまでにいくつか気づく場面があったでしょうに、と我ながら愕然。①まずカゴに入れた時(既にアウト)②お会計の時(どこ見てたんだ私)③マイバッグに買った物を入れた時(もはや自分が心配)こういったことがもしかしたら増えていくのかなぁと少々、いやかなり不安に。
2018.6.28
モーニングショーで「万引き家族」を観る。多くを語らない映画だからか、自分の理解力の無さか、最後までどういった関係性なのかよく分からなかったけれど、結局、“そういう事じゃない”って事だろうとも思った。そして善悪どちらかとか、白黒ハッキリとかってやっぱり怖いことだなぁ。分かりやすいと共感も得やすいけれどそうではなくて自分の目と耳と心をちゃんと開かなくちゃとしみじみ思う映画だった。しかし、安藤サクラ!スゴイ。釘付け。
2018.6.27
本日は敬愛するCAFESHOZOの30周年の日。この日に立ち会える事に感謝。もしこのSHOZOという文化に出会えていなかったとしたら今の自分は無い。絶対に無い。そう考えると私だけでなく、本当に多くの人たちの人生を変えてきた(そして凄い事にこれは今現在も進行形で)店なのだなぁと改めて、なんてことでしょう!!!(勿論いい意味で)。素晴らしき「全国のショウゾウを愛する一同」によるサプライズも喜んで貰えて本当に良かった。改めておめでとうございます。
2018.6.26
明日のサプライズ実行のため、山形と埼玉より精鋭達が我が家に前泊。心強い、というか、単純に会えて嬉しい私。人気者の彼等を独り占めしている気分で、なんだか申し訳無い気持ちにもなる。しかしこの人達のフットワークの軽さと来たら!ただ、ここまで突き動かすのは、何かしてあげたい!いや、やらせて下さい!的な、ヘビー級の重い愛。そんな私たちの重すぎるかもしれない愛を喜んでくれるといいのだけど…どうなることか…。
2018.6.25
急に思い付いた事を実行に移すべく、あらゆる限りの手を尽くす。現代の情報ツールをこんなにありがたいと思った事はないかもしれない。しかしながら、やはり最後はマンパワー。頼れる人達の普段からのコミュニケーションの能力の有り様をみた。それはやっぱり単に“繋がり”と安易に括られるようなものの事ではないという気がする。更に突発的なことにどれだけ順応できるか、そういった時に『その人』が垣間見えるものだなぁと自省するなかなか良い機会だった。
2018.6.24
店で使わなくなった黒板とチョークを子どもの遊び道具に持って帰ってきたら狂喜乱舞。先生に憧れているようで、即座に学校ゴッコが始まる。ずーっと算数の計算ばっかり。飽きる〜。私もノートに書き写さなきゃならないし、ちゃんとやらないとめちゃくちゃ注意されるので気が抜けないし。「せんせーい、そろそろ休み時間じゃないですかー」とか「びじゅつの授業にしませんかー」など諸々の提案をしてみる。すぐには対応してもらえなかったけれど、組み込んでくれたので良しとしよう。しかし飽きないねー。
2018.6.23
「世界をきちんとあじわうための本」という髄分前から気になっていた本を購入。名古屋の文化基金事業 ファン・デ・ナゴヤ美術展というものに採択された企画の記録集として作られたものらしい(というのは読んで分かった)。毎日毎日自分は何をしているのか?という問い、そして“残る”という事を繰り返しながら毎日生きているということ、それらには明確な名前が付いていないけれど、そうしながらどうやら生きているらしいこと。コンビニのサンドイッチへの考察に唸る。
2018.6.22
6月に入ってから朝の時間ラジオをつけるようにした。ただ、当たり前なんだけど、事件や事故のニュースを聞くことが多くて、それがまた繰り返し流れることにいささか嫌気がさし始めている今日この頃。子どもは「ねーねー “したい(死体)”と“いたい(遺体)”ってどうちがうの?」とか「(殺人事件など聞いて)はんにんは血を見るのこわくないのかな」とか純粋な疑問でいっぱい…。ただ私同様、「なんかじけんばっかりだね…」とナーバスになりつつあり、どうしたものか。耳から入ってくる情報も必要だよなぁと悩みどころ。
2018.6.21
今晩からお風呂(めちゃめちゃ狭い)は海になった。シュノーケルで海底探索をする子ども。何も見つからないはずだけど、終わると「ちょうさ しゅうりょう!」と真っ裸でご満悦。私も途中交代して調査。これは今日美容室で海談議をしたからに他ならない。当分続きそうな予感。
2018.6.20
やっぱり海が好きだ。とはいえ、行ける機会なんてほとんどないから、“憧れ”とも言える。海なし県だし。幼少期は毎夏、猪苗代湖へキャンプに行っていたけれど、湖だし波も無いからむしろ海は怖いものだった気がする。変わったのは多分、20代前半に野生のイルカと泳ぐ体験をしてから、な気がする。あれは今思い出しても素晴らしい時間だった。大海原に放り込まれるのは怖かったけれど、そんなこと以上の強烈な体験だった。またいつか、今度は子どもと一緒に体験したい。