2019.2.27

借りて読んでいるエッセイ「貴様いつまで 女子でいる つもりだ問題」が面白過ぎる。というか、著者との年齢が近いということもあるが、若い頃の自意識過剰ぶりとか、こじらせぶり、読んでいた雑誌や“東京”にまつわるアレコレ(といっても著者は東京出身者)がまるで自分の事のようで痛い。でもそれが若さだったということなのかもしれないなぁ。さっきまでニヤニヤしながら読んでいた筈なのに、ある章では気づいたら涙が頬を伝っていた。自分はこんな風に(自分の知らない所で)考えていたのかもしれないと思わせてくれるエッセイ。痛過ぎる!

2019.2.26

開口一番「今日は バンド作ったんだ!」という子ども。「バンド名はロックベリー」へ〜。それっぽいね。「メンバーは〇〇ちゃん、△△ちゃん、と続き(合計6名)」大所帯だね〜。それぞれ担当は?と聞くと「あたしの担当はリーダー」…。リーダーって楽器じゃないけど、まぁいいか。もう曲も練習しているそうで、「リーダーは大変なんだよ!!」とか言っている。例の如くメンバーを絵で表現。背面には曲らしきものの歌詞!? これは秘密、だそうで見せてもらえなかったけど。

2019.2.25

磯田道史のインタビュー記事を読む。「これからAIが一層進んで知的労働も機械に委ねられるほどになったら、残るは芸術や文化・趣味などに、先進国の人類の関心はシフトし、産業も職業も“道楽化”が進む可能性がある」と言う。具体的な仕事は機械で可能になって、人間には哲学的思考や、総合的な知性を持ちえないと役割が無くなるだろうと。なるほどなぁ。「“なぜこの仕事が自分とこの世界に大切なのか”という本質を問うてみてください」と結んであった。今日はこれについて一日考えたいと思います。

2019.2.24

昨日も一日学童。お迎えに行くと姿が見えない。小机がいくつかまとまって立てかけてある上部に大きな布が掛けられていて、入り口らしき場所にはプラスチック製のスコップが大きな洗濯バサミに挟まれてぶら下がっていた。さてはこの中にいるな、そしてこのスコップはドアベルだな。コンコンと叩き、覗いてみると中では大の字になって寝ながら大好きな漫画(クレヨンしんちゃん)を読んでいる子どもが。それをニコニコして見守ってくれている支援員さん。一日中ほぼゴッコ遊びに費やしていたそうでそれは彼女にとったら天国でしょう。衣装もバッチリキメていた…(衣装まである学童…素晴らしい)

2019.2.23

今日も天気も良く、お客様も多く、忙しくて充実の一日。は〜楽しかった。いっとき、店内には独身の頃から来てくれているお客様とそのお子さん(ヨチヨチ歩き)、そしてまた別の、やはり付き合っている時から来てくれていたカップルとそのお子さん(活発に歩き回りたい年頃)、皆さんこうして未だに来てくれて、お子さんの成長まで見せてくれて本当に嬉しい。何十年とやっていたら、こういう楽しみがどんどん増えるのだなぁ。ますますがんばろ。

2019.2.22

様々な人たちの悲喜交々を見聞きする事が多く(それが本当かどうか確かめる術は無いし、むしろ無くて良い)、面白い、と言ったら申し訳ないけれど疑似体験しているような気分になる時がある。悲しいとか悔しいもあるし、嬉しい、とか幸せ、もある。ひっくるめて面白いんだなぁこれが。ちょっとここで(うちの店)落としていってくれるという事、私の中にずっと留まるということもほとんどないから、どんな話が聞けるのかワクワクの毎日。

2019.2.21

ぎゃーん。今日は学校から初めての呼び出し。色々な意味で驚いたが、先生と話している間、神妙な顔で待っていた子ども。先生との話でもだんまりだったそう(普段うるさいくらい話しているはずなのに)で、帰宅してもだんまりを決め込む。かなり記憶力が良いはずなのに「覚えてない」。なかなか手強い。そして難しいお年頃(ってこの先のほうがどんどん難しくなるはずだけど)。当たり前だけど、自分の知らない子どもの顔(一面)っていうのもきっとあるもんなぁ。日々勉強です。

2019.2.20

お隣の外壁塗りをしている業者さんたち。皆さん感じがいいなぁと思っていた。中でも一人のおじさんが鼻歌を歌いながら仕事をしているのに一層好感を持った。サイコー!だってよっぽど楽しいか、この仕事を愛しているはず。じゃなきゃ鼻歌なんて出ないもの。そんな風に皆んな仕事が出来たら、平和だわ〜。私も開店前は鼻歌出ちゃいますが。

2019.2.19

興味はあったのに何故か読んだ事がなかった向田邦子全集を読んでいる日々。全集だから辞書か!ってほどの分厚さがまた良し。エッセイの時代背景が違っても(とは言え年数にしたら大した事は無いが)面白いし、ちょっと切なくなる。“兎と亀”の中で移民としてペルーに渡ったお母さんからこの話を子守唄がわりに聞いていた息子。単語は覚えても、日本語の実感がない悲しさの伝わる章。【その国のお伽話は、その国の言葉で、その国の風土の中で語られなくては駄目なのだ】

2019.2.18

子どもの今年の目標は「えがお」だそうで、お正月に墨で書いていた様子。楽しい筈なのにむすっとしているから勿体ないなーと思っていて、昨年の秋頃からか、学童の支援員さんも気付いた時に「わこちゃん、ニッ♫」と声をかけてくれていた。初めは嫌そうだったのが、言わなくても鏡の前で練習していたりして、あら!素晴らしい!と内心思っていた私。最近やけに可愛いな(親バカ丸出し)と感じた日があって、それを子どもに伝えると「口が上がる(口角が上がる)ようになったからかな」と言う。可愛いのに更に可愛くなっちゃうね〜なんて言いながらも、自ら積み重ねた結果が少しずつあらわれてきた事が嬉しい様子の子ども。この分だと目標達成出来そうだね。